柿渋ハッスイ米袋の米ブログ

米袋を超えた米袋の米ブログ、柿渋ハッスイ米袋の歴史物語〔人物名は仮名〕

食糧庁

【9話】ハッスイ米袋の危機〔その1〕

    〔ハッスイ米袋第9話〕
当時、一般の米袋は人手多数の手作業生産であったがだんだんと機械化大量生産に移行していった。そのとき業界大手からこのハッスイ米袋の特許料を支払うので大量生産したいとの依頼があった。しかし
山本一郎はそれを断って、昭和50年に莫大な資金を投じ1日20万メートルのハッスイ紙ができる大きな工場を建立した。その途端に業界からの圧力で米袋の機械化大量生産に必要な袋口用の規格紙ヒモの入手が困難となりこのハッスイ米袋だけが手作業生産を続けざるを得なくなった。この手作業生産能力は年間30万袋にもならず、食糧庁許可のこのハッスイ米袋が、全農や国の検査用米袋として年間数千万袋もの需要がありながら、全農や国に対してこのハッスイ米袋を供給できる体制にはならなかった。

 (当時の手作業による米袋口と米袋)
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   (米袋口ヒモの拡大部分)
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(当時のハッスイ米袋の表示拡大部分)
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[ハッスイ米袋第1の危機回生は]
全農や政府へこの食糧庁許可の検査用撥水米袋を供給するのには、機械化による大量生産の実現が不可欠となる。

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【7話】米が3年以上保つ米袋の実証

  〔ハッスイ米袋第7話〕
昭和47年、日本栄養士会と県の栄養士会86名が3年2ヵ月経過した実に古い米を試食した結果についての報告である。
 

〔使用した容器について〕
ハッスイ性特殊米袋は食糧庁長官名で許可済みのもの
(食糧庁長官が全国の食糧事務所長宛に使用許可の通達を出したハッスイ米袋

〔使用した米について〕
試験研究用として3等うるち米を食糧庁長官名で売却許可されたもの
(食糧庁長官が政府米を試験研究用として発明家の山本一郎に売却を許可)

【結果】

  ①おいしかった                 11名
  ②普通                      41名
  ③おいしくなかった               34名
  ④まずい又はまずくて食べられない      0名

新米であっても①~③のように食味プロの見解が分かれるところではあるが、従来の紙米袋で梅雨と暑い夏を3度も経験した米についてはほとんどが(④まずい又はまずくて食べられない)という結果になる。このように古古々米を全員が完食したのには驚きであった。


【米の新鮮さと美味しさの維持には、米の適正水分含有率の持と、米の新鮮呼吸こそが味の命
♦米を知り尽くした日本伝統の世界最高新鮮保存技術♦


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【6話】食糧庁許可の意味

  〔ハッスイ米袋第6話〕
日本国内で初めてハッスイ米袋を使用したのは、高知県経済農業協同組合連合会(高知県経済連)であった。その高知県経済連においてこのハッスイ米袋は他社製品(撥水紙袋)のものと厳重なる比較実験を実施したところ格段に優秀であることが確認されたということで、高知県経済連の会長名で、当時の全農、食糧庁、日本穀検に撥水紙袋の代表としてハッスイ米袋の採用を申請、そして全農の会長理事名でハッスイ米袋の成績書等を添付の上、農林省〔旧)食糧庁〕に使用許可の申請書を提出した。それに対して昭和40年に食糧庁長官名で全国の食糧事務所長宛に使用許可の通達が出された。

   【食糧庁長官通達】
当該撥水紙袋は現行の企画に該当するものと解せられるので使用して差し支えない。

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